「ああ、爽々(せいせい)した……」
百は、熱湯から上がったように、全身に汗をかいて、よろよろと草の中に、腰をついた。――と、何処かで、すさまじい笛の音いろがながれている。誰がふくのか、横笛の音である。安成三五兵衛の愛する八寒嘯(はっかんしょう)の音にそっくりであった。それは、ひとつに静止し得ない人生の行旅と、人間の感情のように、うらむが如く、哭(な)くがごとく、また、笑うが如く――。
百は、聞きとれていた。
ぞっと――何とは知らぬ身ぶるいを、感じながら。
そして、うつつな眼は、一方の草むらへじっと吸われていた。ゴソ、ゴソと、何か黒い獣じみた影が、這ってゆく。――しょう殺たる笛の音に、追われるように逃げてゆく。
虫の息になってまで、助かろう、生きたいと、もがいている村上賛之丞だった。
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× × ×
「あっ、寒い!」
百も、後ろを見ないで駈け出していた。元の所まで来て、
きょろきょろと、
「おっ母、どこだい」
「ここじゃ。――百よ、ここにいるがな」
おしげは、露ふかい芒(すすき)の中の一つ石に、腰をおろして、背なかの嬰児(あかご)をおろしていた。
「さ、行こうぜ」
「もう何にも、用事はねえかよ」